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死が我々を分つのか、あるいは追憶を抱き何時か再会を

死が我々を分つのだろうか。
否、死した後も、残された我々に想い出がある限り、死とは存在が形を変えたに過ぎず、消え去ることにはならない。私はそう信じる。



決して常に考えておきたいことではないが、避けて通ることもできないものが猫の死であろう。

高齢による引退、あるいは販売方式のネコカフェでは新しい飼い主への移譲も考えられるが、病気や事故による死の可能性も常に存在するものであり、そういう意味では我々人間も含めて、生き物である以上、死から逃れられるものではない。

では、死と如何に向き合い、如何に付き合うか。
店舗としてその事実を発信するのか、それとも沈黙するのか。

それは経営方針次第であろう、経営方針がないのであれば、例えば不可解であったり迷走したりといったことも起こり得るのだと思う。

ネコカフェにくる多くの人々はいわゆる「癒し」的なものを求めているわけで、猫の死は癒しの対極にあるものといっても過言ではない。
死を、追憶といった別の癒しの形に昇華させることは、特別な思い入れのないお客さんにとって、かなり困難であろうと思う。

だから一見さん主体の店舗では、きわめてあっさりとした告知となるか、あるいは秘すということも不思議ではない。ディズニーランドが夢の国であるように、ネコカフェは猫たちの夢の園であるのも必然だから。

しかし、猫と、猫をかわいがっていたお客さんを思い浮かべた店舗では、偲ぶための何かしらを用意するだろう。人から猫への一方的な思いであるとしても、心通じた友であり、素敵な時間を共有したのだと思えるから。

I氏の叫びも理解できるが、私はここでは告知やその方法の是非は問わないでおこうと思おう。
ただ私は、夢の橋を渡った猫たちを偲んでいたいし、今までもそうしてきた。
だから、そういう関係を築けるお店に行きたいと強く思うし、言うべきであれば一人の客として遠慮なく思いを言おう。



にこたま、まろん、橋を渡った猫たちよ、いつか。
それまでは、慈愛の日々の想い出を抱き、こうして駄文を連ねながら、生きようと思う。
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テーマ:ネコカフェ - ジャンル:ペット

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誤猿猫

Author:誤猿猫
近頃、各地に増えてきたネコカフェ。
各店各様の個性を、ばっさり書いていこうと思います。
このBLOGが皆さんのネコカフェめぐりの一助となれば幸いです。
なお、採点は、あえて差を明確にするべく多少オーバーに書いています。

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